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――非戦闘員ばかりだったのか、それとも手下の中の手下が揃っていたのか、ものの3分も経たずに1211の男たちはあっけなく全滅した。
「ありがとうございました」
真弓を促してシャッターから外へ出ようとしていた謙一は、凱歌のその声に振り返った。乏しい照明しかないはずなのに、妙にキラキラと輝く瞳が目に入った。
一瞬何のことを言われているのか理解できなかったが、どうやらさっきの謙一の語りについて言っているらしいと察しがついた。とはいえ、あれは感じたままを言葉にしただけで、彼を救うために言ったものではない。むしろ、1211の浅はかな戦略を笑い飛ばすつもりで吐き出したまでのことだった。
「礼を言うのはこっちの方だ。あんたが言う必要はねぇよ」
「……それでも、言わせて下さい」
「……勝手にしろ」
凱歌の声を無視して、謙一はシャッターから外に出た。外は相変わらず暗く、星はやはり見えない。波がやや落ち着いたのか、船の軋みは全く聞こえなくなっていた。聞こえるのは、時折強く吹く風と岸壁を打つ波の音だけだった。
倉庫のすぐ目の前で、車は到着したときと変わらない様子で主を待っていた。真弓に助手席へ回るように背中を押し、謙一は運転席へ直行する。
謙一が車のキーをポケットから取り出したとき、凱歌の声が背中に当たった。
「今日、ここを離れます」
その声に、謙一は一瞬手を止めた。随分と急な話だな――それが第一の感想だった。しかし、真弓に自分の正体を知られ責められた今となっては、この1週間の生活と同じ状態に戻ることはできない。彼を全面的に受け入れてくれる者がいなくなってしまったのだから、ここを発つしかないのだろう。それに、自分が彼を引き止める理由も義理もない。
だが、一つだけ彼に話しておかなければならないことがある……。
謙一は車のドアに鍵を差し込みながら、後ろを振り返らずに口を開いた。
「――俺たちの親父、経済ブローカーやってたんだ」
背後で凱歌が動揺する気配を感じた。謙一たちの父親が誰か、ようやく思い当たったようだ。
「親父ったって、戸籍上ヤツの子供として認められてたわけじゃねぇけどな。認められてなかったけど、俺が小さい頃は一緒に住んでた。世間的に言えばあれは家族じゃなかったのかもしれないが、家族同然の暮らししてた。親父とおふくろと、俺たち兄妹の4人でな。なんだかんだで十数年一緒に暮らしてたから、子供心にも親父がヤバい仕事してたってのは、わかってた。親父やおふくろが、どこか肩身の狭い思いをしてたこともな。でも、まぁ、ヤバい仕事してた割には、俺たち母子には優しかった……」
車のキーを回す。不規則な潮騒の中に、ガシャと機械的な音が響く。
「だけど、俺たち母子はいきなりヤツに捨てられた。8年前だ。とにかく出てけ、それの一点張りだった。俺たちが嫌がって泣こうが喚こうが、お構いなしだ」
「8年前……」
凱歌の呟きが微かに聞こえた。何か気になることでもあるのだろうか――しかし、謙一は聞こえなかったフリをして話を続けた。
「どういうわけか、おふくろはヤツのことを恨むなと、俺に諭し続けたけどな。だけど、捨てられたことは事実だ。ヤツに捨てられてから、俺たちがどれだけ苦労したか。おふくろは、俺たちを養うために働き続けて、その挙句に早死にした。おふくろが死んだ後でも、親父は4年ものうのうと生きていやがったんだ。親父が死んだ今でも、憎しみは残ってる」
ポケットに手を入れた拍子に、固いものが指に当たった。1211との取引の材料だった鍵。1211の手に渡る直前に、凱歌が奪い取ったそれだった。
「去年、親父が死んだっていうニュースが流れた翌日、親父からの手紙が郵送で送られてきた。その手紙と一緒に入ってたのが、この鍵だ。どこかの銀行の貸し金庫の鍵だって、手紙には書いてあったけどな。1211との闇取引の証拠書類を、その金庫にしまってあるとかって」
「――その銀行の金庫は、開けてないんですか？」
口を挟むことなく聞いていた凱歌から、意外な質問が背中へ飛んできた。謙一は、思わず振り返った。
「開けてない。これからも開けることはねぇな――1211なんざ、知ったこっちゃねぇよ」
「開けて、みませんか？」
「は？」
まさかそんなことを促されるとは、思ってもみなかった。まるで予想していなかった言葉に、思わず変な声が出た。何故開けてみることを薦めるのか――1211絡みだからか、それとも単なる好奇心からか――凱歌の真意が、わからない。
「――開けてみたところで、捨てるだけだ」
「中を確認してから捨てても、遅くはないでしょう？」
「……なんで、そんなに気になるんだ？」
疑問を直接ぶつけてみた。凱歌は少し言い淀みながら、自分の考えをまとめるようにゆっくりと口を開いた。
「今の話を聞いて、僕には、あなたのお父さんが自分勝手にあなたたち母子を捨てるような人には、思えないんです」
謙一にとって更に意外な言葉が出てきた。自分たちをあっさりと捨てた父親を自分勝手じゃないなんて言うとは……。どこを聞けばそんな風に思えるのか。彼のその発言自体が信じられなかった。
「何を根拠に、そんな……」
「8年前、中国のダム建設にまつわる裏取引が、あなたのお父さんと1211の間で行われたんです」
「――で？」
「それが、あなたたち母子を自分から離さなければならないきっかけだったんじゃないかと」
「……」
「僕の想像でしかないから、本当にそうなのかどうか、わからないけれど……」
自信なさそうに、語尾が濁る。とりあえず凱歌の様子から、ただの好奇心で言っているわけではなさそうだということは理解できた。貸し金庫の中に闇取引の証拠とは別の何かも入っているに違いない、彼はそう言いたいようだ。
「……わかった」
そこまで力説するなら確かめてやろうじゃないか――凱歌に挑戦状を叩きつけられたような気分を、謙一は感じた。「ただし、あんたも付き合え」
「え、でも、僕は……」
「言い出したからには、責任持って最後まで見届けろよ。それに、そのままふらつかれて道端で倒れられたんじゃ、こっちの寝覚めが悪い」
「え？」
「さっきので、こめかみの傷口が開いてる」
謙一のその言葉に、凱歌がこめかみに手をやる。そして、その指についた自分の血を見て、初めて出血していることに気付いたようだった。
車の脇から、これまで無言だった真弓が凱歌へと駆け寄った。ハンカチを取り出し、凱歌のこめかみへと手を伸ばす。凱歌が驚きに目を見開きながら、真弓へ視線を向ける。
「あ……ありがとう」
凱歌の感謝の言葉に、真弓はうつむいて無言のまま首を振った。まだ父親を殺されたことのわだかまりは残っているが、ほんの少しでも凱歌を認められるようになったようだ。
「後ろに乗れよ」
運転席のドアを開けながら言った謙一の誘導に、凱歌が真弓のハンカチを自分の手で押さえながら軽く頭を下げた。