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「――父親を――射殺？」
真弓の呟きが、幾分離れて立っている謙一の耳にも届いた。たった一つの台詞で初めて知った数々の事実を把握しきれず、明らかに戸惑っている様子だ。実の父親の素性も、目の前に立つ黒い影の過去も、そしてそれらと自分たちを結ぶ関係も、何も知らされていなかったのだから、その反応は至極当然と言える。
凱歌が、背後の真弓を肩越しに見やる。謙一たちの父親を自分の手で殺していることには、全く思い至らなかったようだ。たった今知らされた事実に、驚きを隠せずにいる。
「お父さん……殺されたの？」
真弓が謙一へと首を捻りながら、問いかける。その真弓の後ろで、凱歌が何ともいえない暗い表情で目を伏せた。
問いかけられはしたものの、謙一も返答に窮した。何も知らなかった真弓とは違い、父親がどんな仕事をしていたのかも、凱歌がどういう任務を行っていたのかも、既に承知済みだった。もちろん、父親が殺されたことも、殺した犯人が凱歌であることも知っている。しかし、素直に肯定する気にはなれなかった。
別に、凱歌に義理があるわけでもない。真弓を助けてもらったことは、彼の傷の手当てと彼を匿ったことで借りを返したと思っている。それなのに、何故か、素直に肯くことができなかった。
謙一の代わりに、1211から答えが飛んできた。
「お前たちの父親は、こいつに殺されたんだ。こいつの、日本での初仕事でな。目の前にいる男は、父親の仇だ。そんなヤツの味方をするのか？」
自分の台詞が予想外の効果を与えたことで、調子に乗っているらしい。嘲るような口調で、凱歌の立場が更に悪くなるように同じ内容を繰り返す。そうすることで、こちらを心理的に煽るつもりなのだろう。力で勝てないことは、1週間前に実証済みだ。そのことが念頭にあるのか、凱歌を精神的に追い詰めようとしている。
その魂胆が丸見えなだけに、謙一は嫌悪感を抱いた。
その一方で、1211の手口は真弓には効果絶大だった。
「本当……なの？」
疑心暗鬼にかられた真弓が、凱歌に直接問う。否定してほしい、嘘だと言ってほしいという願いが、震える声音に表れていた。その声に、凱歌が真弓を見つめた。何か言おうと口を開きかけるが、返答は出てこない。自分の口からは何も言えないことを悟ると、再び真弓から視線を逸らした。その行動が、1211の台詞は事実であると物語っていた。
そんな凱歌の動きを見て、真弓が後ろに半歩下がる。
「殺したの？」
凱歌に対する2度目の問いかけにも、返答はなかった。
「お父さん――殺したの！？」
疑問が、詰問に変わった。自分を助けてくれた人が、父を殺した。ようやくそれが事実であると確信したのだろう。詰るような視線が凱歌に突き刺さる。
真弓の激昂とは裏腹に、謙一は自分が妙に冷静であることに気付いた。不思議と、凱歌に対する恨みは沸いてこない。むしろ、凱歌のことが哀れに思えてならなかった。たった1週間だけだが、その間に垣間見えた彼の本性。真っ直ぐな純粋さ、母の愛情に対する切実な渇望。むしろ、それらを1211に利用されただけではないのか。父を殺されたという事実を抜いて素直に考えると、そんな気がしてくる。
……そうか、彼を目の前にしたときいつも感じていた苛立ちの原因はこれか。彼から感じる、相反する印象。それが鏡となって映す、自分の中の二つの感情――感謝と恨み。
素直になれば、いたって単純なことだった。
「――確かに、俺たちの親父を殺したのは、こいつだ」
声が、自然と流れ出てきた。謙一の静かな声が、倉庫の中に響き渡る。その声に反応して、真弓の、凱歌の、1211の視線が謙一に集中する。その痛さを感じながら、謙一は言葉を続けた。
「そんなこと、ずっと前から知ってたさ。いまさら言われるまでもねぇよ。だけどな、こいつは自分が俺たちの親父を殺したってことを、たった今ここで初めて知った。てことは、こいつが妹を助けたのも、今俺たちを助けにここへ来たのも、償いなんかじゃねぇ。こいつの優しさから出た、単なる人助けだ」
「お兄ちゃん……」
真弓の口から、呟きが漏れる。
「親父を殺したことについては、多少恨んでるのかもしれない。けど、妹を助けてくれたことについては、少なくとも感謝はしてる。まぁ、どっちにしろ一つだけ断言できるのは、こいつが呆れるくらいに真っ直ぐで、根っからの悪人じゃねぇってことだ」
謙一の言葉から、心理攻撃が失敗していることに気付いたのだろう。ちっ、と1211から舌打ちが聞こえた。それを合図に、1211の男たちが身構える。
「構わん、かかれ！」
誰かの声で、男たちが凱歌や真弓、謙一へと一斉に襲いかかる。その1211の渦の中へ、凱歌が矢のように飛び込んでいくのが見えた。